インタビュー

政経東北掲載

<歯科技巧工は、その人にぴったり合うスーツを仕立てるのに似てますね>
歯科技工士 村上郁也
診察室の2階にある村上さんの仕事部屋は、
ルネサンス時代の職人の工房を思わせる。
棚には義歯を作る材料を入れた容器が
びっしり並び、床には圧力をかけたり
素材を分離したりする機械があり
,
作業台の上にはさまざまな機材や
道具がおいてある。
30種類ほどの絵具のチューブの
ようなものは、義歯の‘色’だという。
「歯には‘歯牙年齢’というものがあって、
歳と共に真っ白から少しずつ
色がくすんでくるんで
す。
だからその人の年齢や顔色にあった
歯の色があるんですよ」と村上さん。
かすかなグレーをおびた白、黄色がかった白などのプラスチック系素材を、
義歯の基本の型の上にかぶせるように盛り上げて、違和感のない歯に仕上げるという。
歯科技工は彫塑に似ている。ロウの一種で歯型を作り、
その凹面に溶かした素材―プラスチック、陶材、金などの貴金属―を流し込む。
素材が固まったら型を取り除いて義歯ができる。これに仕上げ材を盛り上げたり、
削ったりして最終の仕上げをする。
患者が診察台で最初にピンクのドロドロしたものを噛まされる。これが石膏になり、
その人の歯型の模型となる。
技工士はその模型を見ながら義歯を完成させていく。義歯の仕上げはミクロン単位の作業だ。
当然手先の器用さは技工士として大切な素質だが、それだけではない。
医療の知識と美的感覚が不可欠の条件でもある。
その上に豊富な経験を積んではじめて「名技工士」となれる。

昔ながらの歯科治療は「病んでいるところを治す」だけだったが、
最近は患者の意識も大きく変わり「美しく直す」ことが要求されるようになっている。
「そういう時代のニーズに応えられる美的センスは技工士にも医師にも必要ですね」と
ドクター・乾公克さんは言う。「その人の表情が一番美しく見える、
その人らしさが素敵に出てくるーそういう歯を作れるセンスを身につけていないとね。
その点、村上君は技術もセンスもいい。優秀ですよ。」
村上さんが義歯の模型を削り始めた。
微妙な溝やカーブを丹念に丹念に整える。
これが最終仕上がりの形のガイドになるという。
周囲の空気がぴたりととまってしまう
ような集中ぶりだ。



作業を終えて、村上さんは診察台で
待っている紳士のところに
模型を持って行った。
「こんな形でどうでしょう」
「うーん、もうちょっと細目にしてもらいたいね。
ついでに歯の上のラインもそろえられるかな」。

そこにドクターも加わる。
デジタルカメラで撮ったもとの歯の形をモニターに映し、模型を見、鏡を見て、
患者とドクター、技工士の三人が最終的な仕上がりの形について和やかに話し合っている。
このシーンを目のあたりにすると、歯型を取られた後、
何日かして天から降ってくるように義歯を入れられ、
少々合わなくともそのうち慣れると我慢していた時代とは隔世の感がある。

ここをデンタルIQを上げる発信地にしたいですね。
村上さんは、歯科技工士専門学校を卒業後、
郡山市の歯科技巧所で九年のキャリアを積んでいぬい歯科に来た。
歯科技巧所は、歯科医院の外注で義歯を作るところだ。
「患者さんに直接触れないで義歯を作るのは、
どれほど緻密なデータを元にしても機械の部品を作るようなものです。
診療の現場で、患者さんと向き合いながら仕事ができるのは本当にうれしい。
やりがいがあります。」と村上さんは言う。
「義歯を作るのはスーツをオーダーで作るのに似ています。
お客さんの体型や個性、年齢や職業にぴったり合うスーツを作るには、
何度もその人に会って、布地やデザインを決めて、採寸して仮縫いを繰り返して、
そして何十年も持つ上等の服を仕上げる、義歯を作るのもそんな感じですね。
診療の現場にいられるということが、いい仕事につながると思います」

ドクターもうなずく。「そうだね。いくら優秀な技工士でも、
現場にいなければ(生きた歯)は作れない。
その人の心、その人のイメージが伝わって来ないもの。
現場にいて、患者さんと世間話をしただけでも違うんですよ
患者さんの人なりがよく分かると、
仕上げに何ミクロン削っただけでその人の(生きた歯)ができ上がるんです」

日本人の歯に対する意識・デンタルIQは、
欧米に比べればまだまだ遅れていると村上さんは言う。
脳や脊椎と神経が直結し、健康の要として心身を守り、
表情の美しさや個性を際立たせる役割を持つ歯の大切さを、
もっと分かって欲しい。ここを、福島と日本のデンタル
IQを上げる発信地にしたいですね」