“チェリーFU” を買ったB君と、買い損ねた私。

フェアレディ Z チェリーFU
排気量 2000 1400
駆動方式 FR FF
ヘッドライト ボッシュ CIBIE
フォグランプ オスカープラス
クラクション ファイアム3連
外部アンプ 10W
電子音 約25音
FFなら負けないと勝手に思っていた私は、FRで速く走しる事ばかりを考えていましたが、B君は私のチェリーで学んだ?“車を楽しく走らせる”事を進化させていました。2台には圧倒的なパワーの差があり、峠でチェリーFUをぶっちぎるのは簡単でしたが、街中を追いかけるのは結構大変で、M君が運転している事を忘れていたら高速で振り切られた事もあったほどです。また、路面状況が悪くなれば、私が運転するZでは全く歯が立たない走破性を持つ車でした。



春の旅 T

B君が計画した上高地・飛騨高山、“春の旅”

車はB君のチェリーFUと私のフェアレディZの2台。U君を含め3人でした。残念ながら上高地は冬季閉鎖中で一路高山へ。民宿へ着き食事をしていると(あれっ?と思ったら)B君は脇にいた女の子に、ご飯のおかわりを頼んで仲良く話をしていました。私とU君は、あ然としていましたが、富山から3台3人で来たお兄ちゃん達も、あっけにとられていました。翌日は、B君が仲良くなった3人の女子大生を乗せて白川郷へ。B君は3連を鳴らし外部スピーカーで音楽を流し、峠は宴会場と化していました。白川郷でもB君は人気者で合掌作りの民宿では夜中まで楽しい時を過ごしました。翌日は高山駅まで女性達を送り。車を軽量化して一路、妻籠宿へ。


B君の車内からは、祭りのハッピ、ぬんちゃく、鯉のぼりetcと、何でこんな物まで・・・と。道路の真中で寝転がっていたB君、通かかった車のオジサンが驚いていました。彼女達は、めったに経験出来ない心に残る楽しい旅になったと思います。(こんな姿、私達だけではなく、笑顔・笑顔・・・・の写真ばかりでした。)

山間には♪オレンジ村から春へ♪ が鳴り響いていました。



B君に次の予定を聞くと「前に知り合った女の子が近くにいるので行こうよ。」と言われ(あんた、何時の間に・・・。と)しっかりお邪魔してしまいました。どうせ帰るなら開通したばかりの恵那山トンネルを通ろうという事になりトンネルに入ると“スピード落とせ”の表示の連続。するとB君は、3連ホーンを鳴らす、拡声器で騒ぐで、つられた私は、窓を開けて大声を出していました。(この頃は、車の外観を飾るのはカッコ悪い。不要な物は積まないようにしていたのです。)車の軽量化が裏目に出た私は、翌日から喉が腫れ上がり1週間ほど水を飲むのも大変でした。私が走りに徹している間、B君はナンパに目覚めていたのでした。



B君が私の部屋に来て電話帳をめくり電話をしていました。10回ほど掛けたところで「おい、何処に電話してんだよ。」と聞くと「知らねー。」と言いながら、高校生の女の子を誘い出し、食事に行ってしまいました。また、ディスコの好きな彼に連れ出された時でした。彼は難しそうな顔をしていた女の子達を笑わせて仲良くなりました。彼女達は門限があるとの事で帰ってしまいましたが、翌日私の所へ知らない女の子から電話が・・・。「分かる〜?」と言われ「分かりませんけど・・・。」と。後で聞くと帰り際にB君が私の電話番号を書いた紙をバックに放り込んだとの事でした。(恐れ入りました。)



夏休み私が福島へ帰っている間にB君は、またお友達を増やしていました。私は、このおかげでブレーキのパーコレーションを起こしたのかもしれません。それはB君の夏休みの写真に、可愛い女の子が写っていたので紹介してもらい何度か甲府まで行っていた時でした。いつもは中央高速を使う所を、ブレーキの練習の為、峠越えをしたのです。速度警告音が鳴り出した所で、ブレーキがガツン。サイドブレーキを一杯に引き、ハザードとヘッドライトを点灯し、シフトダウンできる90km/hになるまで待ちました。左ヘアピンカーブの少し手前で2速へ。右の側溝ギリギリまで寄せてアウト・イン・・・。そのままガードレールに一直線と思ったら、対向車線に飛び出した所で、いきなり曲がり、今度はイン側の土手に向かい数回蛇行して左車線に戻った所で、白いシャツを着た40歳位のオジサンが運転する白のカローラ2ドアセダンを交したものの。路上駐車の軽トラックと、脇で道路を塞ぐお爺さんと二人の子供がいたので、やっぱり谷底かなー?と諦めた時、タイミング良く家に向ってくれたので、そのまま100m位走って1速へ。いきなり減速し、やっと停車。ブレーキが故障したらガードレールにこすり付けて止めると聞いていましたが出来るものでは無い事が分かり、ハンドルを切る事で、かなり減速する事も実感出来ました。オイルが冷えるまで待とうと、車外に出て無傷の車と峠を見上げ、“なんて運が良いんだろう”と思いました。ブレーキは15分ほどで回復し、その後は何事もなく甲府まで行って帰りました。




せっかくB君にチャンスを貰っても、女の子からは「電話しても何時も居ないんだから」と、他にも女性がいると思うらしく信用してもらえませんでした。私はフェアレディZ(S30)と過ごすのが楽しくて外出する事が多かっただけなのです。(今のように携帯があれば疑われなかったかもしれませんね。)
S30(フェアレディZ 2シーター)は、1年3ヶ月で、約32,000kmを走り。唯茂君のジープに替わりました。